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月報「聴診器」10月号発行しました!

月報 「聴診器」 2025/10/01

灼熱の日々が続いた夏もようやく終わりそうです。当初の予報では10月まで暑さが続くとのことでしたが、朝晩は過ごしやすくなりました。日が暮れるのは早くなり、彼岸花は咲き、空にはうろこ雲が見られます。秋なんですね。

 

  • 書評 ⑤『胡蝶の夢』司馬遼太郎著

今回はあの司馬遼太郎です。少し古い本ですが、読まれた方も多いのではないでしょうか。僕は父の書棚にあったものを読みました。司馬遼太郎の小説にはしばしば医師が登場します。『花神』の村田蔵六(大村益次郎)も元は医者ですね。その中でも『胡蝶の夢』は珍しく医師を中心とした群像劇として描かれる点に特徴があります。本書は、近代医学の萌芽とともに歩んだ人々の姿を通して、医という営みに迫る作品です。

物語は、緒方洪庵の適塾から巣立った弟子たちを軸に展開します。その中でも強烈な印象を残すのが島倉伊之助です。彼は語学の天才でありながら、対人関係スキルに乏しく破滅的な生き方ゆえに悲劇的な顛末を迎えます。華やかで痛ましいその姿は、司馬作品の中でも際立った「異端児」として記憶に残りました。彼の存在が物語に緊張感を与え、医師の群像劇にドラマ性を添えていると感じます。

これに対して松本良順は、ある意味で典型的な幕府学識エリートとして描かれます。幕府の奥医師から出発し、西洋医学を導入する軍医として成長していく彼の歩みは、日本医学が近代化していくプロセスそのものでもありました。良順は若いときに長崎でポンペの薫陶を受けています。ここで良順は、ポンペが病室の換気を徹底してることに感銘を受けます。当時は抗生剤もなく、今以上に感染症が致命的な疾患でしたからね。ただし、この当時は、まだコッホによる細菌学が誕生する前です。ポンペがすでに現在に通じる感染予防の思想を取り入れていたことには僕も驚きました。彼は幕府方の人間として幕末を過ごし、維新後は一時投獄されます。のちに赦免を受け初代日本陸軍軍医総監まで上り詰めます。松本良順の肖像は「征露丸」のパッケージにも用いられています。

もう一人の主人公である関寛斎は、むしろ静かな存在として描かれます。生涯を地域医療に捧げ、晩年は貧困に沈みながらも患者のために尽くしたその姿は、現在の地域医療の現場に身を置く者にとって、身近でリアルに響くと思います。父もそんな気持ちで本書を読んでいたかもしれません。小説内では派手なエピソードに欠けるため印象が薄いかもしれませんが、「医とは何か」という問いを最も地道に体現している人物であると思います。

本書では、佐藤家の独特の家風に興味をそそられました。良順の父・佐藤泰然は、順天堂大学の基礎を作った医師です。順天堂大学は、今の上皇陛下の心臓手術を担当した天野先生がおられたことにでも有名ですよね。泰然は実子の教育をあえて他人に委ね、優秀な人物を養子に迎えて順天堂を継がせました。後を継いだ佐藤尚中は、さらに佐藤瞬海を養子に迎えます。泰然―尚中―瞬海という系譜は、血統ではなく学問を重んじる「医家の伝統」を象徴するものであり、順天堂が近代医学教育の中心となった理由の一端を示しています。

『胡蝶の夢』は、幕末から明治へと移り変わる日本において、医師たちがどのように国家と社会に関わり、そして個人としての生を全うしたのかを描き出しています。そこには、普遍的な医師の生き方を感じました。

    上野循環器科・内科医院  上野一弘

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