月報 「聴診器」 2026/03/01
ずいぶん、暖かい日が増えてきました。しかし、昨年から続く少雨のため全国で水不足が心配されています。2月下旬には福岡県のダムの貯水率は30%台となっています。宗像のダムはそこそこの貯水率のようですが、宗像・福津では上水道の一部を広域水道に頼っています。昭和53年の大渇水を思い出して不安を感じています。
34.書評 ⑩ 「二重らせん」(ジェームス・ワトソン著)
今回取り上げるのは、ジェームス・ワトソンによる『二重らせん』です。分子生物学の一般向け書籍の中でも特異な存在であり、DNA二重らせん構造発見の舞台裏を、当事者自身の視点から描いた回想録です。
今日では、小学生でも遺伝子の本体がDNAであり、二重らせん構造をとることを知っています。しかし、この発見は決してワトソンとクリックという二人の天才だけによって成し遂げられたものではありません。そこには多くの先駆者や競争相手が存在していました。長らく遺伝物質はタンパク質と考えられていましたが、アベリーの研究によって遺伝形質を担う実体が核酸であることが示されました。またシャルガフは、DNAを構成する塩基がアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の四種類からなり、AとT、GとCがそれぞれほぼ1:1の割合で存在することを見出していました。そして最終的な決定打となったのが、DNA結晶のX線回折像です。とりわけロザリンド・フランクリンによる精密なデータは、二重らせんモデルの構築に不可欠な基盤となりました。科学的発見とは、個人のひらめきというよりも、多くの研究の積み重ねの上に成立するものであることが、本書からよく理解できます。
本書で印象的なのは、科学者同士の関係性とワトソン自身のキャラクターです。研究者たちは激しい競争意識を持ちながらも、互いの能力を認め、時に協力しながら研究を進めていきます。その姿からは、科学が単なる知的営為ではなく、人間関係の中で進む社会的な活動であることが浮かび上がります。
そして語り手であるワトソンは、尊大な自信家であり、生意気で野心的な若者として自分自身を描写しています。率直すぎる人物評や成功への執着は、読者に違和感を与える場面も少なくありません。正直なところ、友人として付き合いたいタイプとは言い難い人物かもしれません。しかし、その未熟さや率直さこそが、発見の現場のリアリティを生々しく伝えています。
ワトソンはアメリカ帰国後も分子生物学の第一線を歩み続け、研究所の運営やヒトゲノム計画などを通じて現代生命科学に大きな影響を与えました。2007年には自身の全ゲノム配列が公開され、研究者自身が研究対象ともなる象徴的な存在となります。しかし晩年は、人種に関する発言による批判から社会的地位を失うなど波乱に満ちたものであり、家族の問題を含め、決して順風満帆とは言えない人生でした。昨年11月の訃報は、その功績と論争をあらためて振り返る契機となりました。
上野循環器科・内科医院 上野一弘



