月報 「聴診器」 2025/04/01
やっと暖かくなったと思ったら、急に初夏のような気温ですね。寒暖差が激しく、三寒四温ならぬ三寒四熱です。さらに、黄砂や花粉が多いようで、鼻や喉の不調を訴える方が多くなっています。感染症が減ってもマスクが手放せません。
33 最近の話題 ⑦社会的孤立
学会に参加していると、時々「社会的孤立」の話題を耳にします。最初、僕はそんな生活環境のことなんて病気には関係ないだろうと思っていました。ところが、社会的孤立は病気の予後や寿命に大きく影響するらしいのです。
健康や寿命に影響を与える因子はいくつかあります。喫煙、飲酒、過食、運動不足などが有名です。これらの因子は、死亡リスクが1.2-1.6倍に上がることが知られています。ところが、2015年にアメリカから、社会的孤立が死亡リスクを1.9倍に増やすとの研究が報告されました。この結果は、大きなインパクトがあり、その後もいくつかの研究で同様の傾向が確認されています。千葉大学では65歳以上の高齢者3万7千人を対象にして、社会的孤立のある人とそうでない人を比較した調査を行っています。その結果、総死亡リスクが1.2倍になり、心血管病死亡リスクや癌死亡リスクも増えることが明らかになっています。また、社会的孤立には性差があり、男性のほうがより健康に悪影響があることが分かっています。
社会的孤立がなぜ病気を引き起こすのでしょうか。よく言われるのは生活習慣の悪化です。特に男性では一人暮らしのほうが、飲酒や喫煙習慣を持ちやすいことが知られています。また、医療機関を受診することを躊躇する、セルフネグレクト状態になりやすいこともあるようです。ただし、統計解析ではそのような生活習慣の悪化だけでは説明がつかない差もあるようです。このプラスアルファの因子については様々な説が提唱されています。
まずは、自律神経の関与です。社会的孤立によるストレスは交換神経の緊張を生み、それが慢性的な炎症を引き起こしているとの説です。プロテオミクスというたんぱく質を解析する研究によれば、社会的孤立があるグループでは炎症に関与するタンパク質が多いそうです。確かに、慢性炎症があれば心血管疾患が悪化しますので納得のいく説明です。免疫が低下するとの報告や癌と関連するタンパク質が多くなるとの報告もあります。もちろん、うつなどの精神疾患のリスクも上がりますし、自死が多いことは以前から知られています。逆に言うと、人間は社会とつながることで健康を保つようにできているんですね。やはり「人間は社会的動物である」のです。
社会的孤立を「日常的に会話する相手がいないこと」と定義すると高齢者の5-10%がこの定義に当てはまるそうです。さらに、男性の一人暮らしでは17%にもなるそうです。会社勤めが長く、人間関係が仕事内に限定されていることが多いせいかもしれません。悪いことに、社会的孤立の割合は増える傾向にあるそうです。
社会的孤立に対しては、様々な対策がされています。地域、自治体レベルだけでなく内閣府でも官民共同のプラットフォームを立ち上げています。SNSを活用したり、話しやすい社会を作ることを目指したり、居場所づくりのNPO法人を支援しているそうです。商業施設と連携して、人間関係を作るなど独創的なものもあります。ただし、孤立支援を受ける側が拒否することもあるようで、実際にはなかなかむつかしいのが現状のようです。
上野循環器科・内科医院 上野一弘