月報 「聴診器」 2026/05/01
当院は平成21年に移転新築を行っています。感覚的にはつい最近で、新しい建物と思っていましたが、もう17年も経つんですね。経年劣化は避けられず、外壁がボロボロになっていました。そこで4月には外壁のリニューアルと電気設備、防水工事を行っています。愛着のある建物ですから、丁寧に手を加えながら長く使用していきたいですね。
34.書評⑫ 「生命の跳躍・進化の10大発明」「生命・エネルギー・進化」(ニック・レーン著)
今回は、ニック・レーン著『生命の跳躍』と『生命・エネルギー・進化』の2冊を取り上げます。『生命の跳躍』では、進化における跳躍を「生命の誕生」「DNA」「光合成」など10個の項目に絞りダイナミックに論じています。それぞれの項目について、興味深いエピソードが豊富で濃密な内容です。熱水噴出孔での生命誕生の可能性、有性生殖のメリットとリスク、運動における分子的モーターの解説、種を超えた視覚タンパク質の共通性から導き出される進化の奇跡。ミトコンドリアや葉緑体の起源を細胞内共生に求め、複雑な生命がいかにして誕生したかにも迫ります。細胞内共生説やドメイン論そのものを詳述し始めると話はさらに広がりますが、本書の真骨頂は分類学よりも、そうした共生が生命のエネルギー効率を飛躍的に高め、多細胞生物や高度な複雑性への「跳躍」を可能にした点にあります。
直感的に面白かったのは、恐竜から鳥類へ受け継がれた気嚢システムの話です。空気を一方向に流し続ける高効率呼吸システムは、「人類にもこれが欲しかった」と思わずうらやましくなりました。逆に、光合成のZ機構は、光エネルギーを電子の流れへ変換する精緻な仕組みですが、内容の理解には生化学的知識と集中力をかなり要求されます。
『生命・エネルギー・進化』では、生命を根底で支える「エネルギー」の視点がさらに深化しています。私たちは生命をDNAや遺伝子という「情報」の側面から理解しがちですが、レーンはむしろ、生命とは膜を隔てたプロトン勾配を利用し、ATP合成酵素という超微小回転機械によってエネルギーを汲み上げ続ける動的システムであると語ります。
特に印象深いのは、ATP合成酵素の構造と回転触媒機構です。化学エネルギーを機械的回転へ、さらにATP産生へと変換するこの分子機械は、まさに生命のエンジンと呼ぶにふさわしい存在です。そしてこの回転触媒説に日本人研究者・吉田賢右らが大きく関わっていることも、日本人読者として誇らしく感じます。生命とは静的な「物質」ではなく、エネルギーの流れを維持し続ける「超化学反応系」である――本書はその視点を鮮烈に提示します。
本書は万人向けとは言いません。ある程度の基礎知識と読解力を要する、骨太な科学書です。しかし、当院の患者さんには生物学的知識が豊富であったり、論理的思考に慣れている方も多くいらっしゃいます。知的好奇心が旺盛な方には、刺激的な2冊になると思います。
上野循環器科・内科医院 上野一弘



