月報 「聴診器」 2024/10/01
10月からはインフルエンザワクチン接種と新型コロナワクチン接種が始まります。新型コロナワクチンは行政からの補助もでますが、宗像市では65歳以上の高齢者が対象になります。また、60-64歳で重篤な疾患を有する方も対象になります。当院では水曜と金曜日の昼に接種を行う予定です。ご希望の方は診察時にスタッフに相談してください。
33 最近の話題 ①バイオ製剤
しばらく、ここ数年での話題にふれてみようと思います。最近の医学の大きな進歩をもたらしているものの一つはバイオ製剤です。この分野の薬が、癌や膠原病の治療を大きく変えています。
従来の薬は自然界にある物質を基礎に開発されてきました。例えばカビが細菌を殺す作用を調べて、作用物質を特定することで抗生剤が開発されています。時には自然界にある抗生作用を持つ物質を化学的に修飾することで効果を上げることも試みられてきました。いわば経験的に薬理作用を持つ物質を探していたわけです。そのため、製薬会社には世界各地で薬理作用を持つ物質を探しに行く部署もあったそうです。アマゾンの奥地の薬草を探しに行ったり、アフリカで有毒生物を捕まえに行くこともあったそうです。
1950年代から分子生物学が発展し、医学の分野にもパラダイムシフトをもたらしました。分子生物学的に病態が解明されていきます。特に免疫と悪性腫瘍の分野ではその寄与が大きかったと思います。僕が学生の頃は生物学的原理の説明だけでしたが、その後さらに分子生物学的に病態の理解が進みます。「染色体が重合したせいで異常なたんぱくができて、それがスイッチとなり白血球の増殖が止まらない」「過剰な免疫伝達物質が血管を攻撃して炎症を起こしてる」などです。そして2000年代になると生物学的製剤が臨床の現場に登場します。最初はリウマチの薬でした。リウマチは免疫が過剰反応して、自分の関節が炎症を起こす病気です。関節痛を主体としますが、病気が進むと骨が破壊されて日常生活が送れなくなります。この炎症には様々な物質が関与していますが、TNFというものがその代表です。このTNFを無効化する抗TNF抗体(インフリキシマブ)がリウマチの薬として開発され、劇的な効果をもたらしました。抗体というのも免疫に関係する物質で、対象の物質にくっついて無効化することができます。本来は免疫細胞がウイルスなどの外部からの侵入者に反応して抗体を作っています。インフリキシマブはTNFにくっつくようにデザインされバイオテクノリジーで作られた抗体です。インフリキシマブの成功後に、抗IL-6製剤、JAK阻害薬など様々な生物学的製剤が開発されリウマチの治療に大きく貢献しています。なお余談ですが抗体の発見と発現の解明には、北里柴三郎と利根川進という二人の日本人が大きくかかわっています。
同時期に癌にたいするバイオ製剤も発展を遂げています。この場合は分子標的薬と呼ばれます。例えば、乳がんの中にはHER2陽性とういグループがあります。これは、癌細胞の表面にHER2という受容体が多数あり、このHER2受容体が刺激されると癌細胞がどんどん増殖してしまう特性があります。HER2陽性型乳がんは予後が悪いといわれていましたが、トラスツズマブという薬がHER2をブロックすることがわかりました。実際に臨床でトラスツマブを投与すると、HER2陽性型乳がんの患者さんに目覚ましい効果がありました。今では、乳がん患者さんではHER2を含めた表面抗原を調べて分子標的薬を考慮した治療方針を立てるのが当たり前になっています。
長くなったので次回に続きます。
上野循環器科・内科医院 上野一弘