月報 「聴診器」 2024/11/01
10月下旬から急に気温が下がりました。これまで暑すぎたのが、平年並みになったので寒く感じます。秋から冬に向かうこの季節は、血圧が上がりやすく注意が必要です。脳出血や大動脈解離など高血圧が直接関与する病気も増えてきます。また、心不全も悪化しやすい時期でもあります。特に今年は酷暑が長く続き、降圧薬や利尿剤を減らしていたため、通年よりもこの傾向が顕著になるのではないかと心配しています。
33 最近の話題 ②バイオ製剤の続き
前回だけでは、バイオ製剤の話が終わらなかったので今月も続きます。
慢性骨髄性白血病ではフィラデルフィア染色体というものが見られることがあります。9番目の染色体の一部と22番目の染色体の一部が入れ替わってしまっています(転座)。染色体というのはDNAの塊です。DNAには一種の暗号として遺伝情報が記録されています。フィラデルフィア染色体では転座に伴い新たな遺伝情報が作り出され、BCR-ABL1という蛋白が作られます。BCR-ABL1は白血球をどんどん増殖させるスイッチとなり慢性骨髄性白血病が引き起こされます。このBCR-ABL1蛋白を阻害すれば慢性骨髄性白血病の治療に役立つはずです。そこで、アメリカのファーバー癌研究所のドラッカー博士とチバガイギー社のラドン博士が協力して、BCR-ABL1を特異的に阻害する物質を開発します。それがイマチニブです。慢性骨髄性白血病の患者さんにイマチニブを投与するのとその効果は劇的でした。イマチニブ登場後、慢性骨髄性白血病は、長期的な生存が期待できる病気となっています。その後イマチニブは、他の白血病や消化管間質腫瘍(GIST)にも有効であることが分かっています。イマチニブ登場後、同様に細胞増殖のスイッチ蛋白をブロックする薬が、抗がん剤として使用されるようになっています。
抗体製剤の成功には大きな衝撃を受けましたが、最近はさらに新しいクラスの薬が登場しています。その一つが核酸医薬です。タンパク質の生成は、DNA⇒mRNA⇒tRNA⇒アミノ酸の順に行われます。mRNAにタンパク質の情報を入れて、体内に入れると目的のタンパク質が生成されます。新型コロナウイルスに対して使用されているmRNAワクチンはこれを利用した薬品の一つです。新型コロナウイルスのS蛋白の情報をコードしたmRNAを小さな粒に入れて細胞に取り込ませ、人間の細胞にS蛋白を作らせています。人間の体はこのS蛋白に対する抗体を産生し、免疫を獲得します。RNAの中には遺伝情報を伝達しない種類のものもあります。これらはncRNAと言われています。このncRNAのなかには、遺伝情報の発現を抑制する働きを持つものがあります。RNA干渉と呼ばれ、siRNAと表記されます。近年では、標的蛋白の発現を抑制するsiRNAが開発されています。循環器の分野では、血圧を上げる酵素を抑制するジベルシランや、アミロイ蛋白の一種であるトランスサイレチンを抑制するブトリシラン、コレステロールを減らすインクリシランなどが期待されています。
さらに新しい薬では、CRISPR-Cas9を利用したものが研究されています。CRISPR-Cas9は細菌の抗ウイルス機序を応用した、遺伝子編集技術です。2020年にノーベル賞が授与されています。特定の遺伝子をノックアウトできるように設計された、CRISPR-Cas9システムを薬剤化し投与します。
すいません、この話題はまだ続きます。
上野循環器科・内科医院 上野一弘