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聴診器

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月報 「聴診器」 2012/07

月報 「聴診器」 2012/07/01

新聞等でもご存知と思いますが、九州電力から夏の計画停電の可能性について広報が出ています。電力がひっ迫すれば、60のサブグループごとに計画停電を実施するそうです。当院でもできる限りの対応をするつもりですが、最悪の場合は臨時休診もあり得ると思います。

 

15 医師列伝②

前回は海外の有名な先生を紹介しましたので、今回は日本の医師を紹介します。

高木兼寛:宮崎県出身の医師で、明治初期に活躍しました。鹿児島医学校をへてイギリスに留学し、帰国後海軍軍医となります。明治初期に日本の医学はドイツ医学へ傾倒しますが、そのためイギリス医学を日本に伝えたウイリアム・ウイリスは鹿児島へ流れていきます。そこで、高木先生はウイリアム・ウイリスと出会い、イギリス医学を引き継いでいくようになります。高木先生の最大の功績は脚気の克服です。当時の日本では脚気は非常に多く、軍隊でも兵力の衰退が危惧されていました。高木先生は疫学的な調査を行い、白米中心の食事が原因だと考えました。そこで海軍では麦を食べさせたり、野菜の入った食事をとらせることで脚気を克服できるようになりました。俗にこれが「海軍カレー」の由来と言われています。高木先生の考えは、ドイツ医学系の医師からは強い反対にあいました。しかし、後年に脚気の原因がビタミンB不足とわかり、高木先生の治療が正しかったことが証明されています。その後、高木先生は慈恵医大を創立しています。

森鴎外:島根県出身の医師で文豪としても有名ですね。前述した高木先生の評伝では敵役として扱われてしまっていますが、医師としての業績もトップクラスです。東大医学部を最年少で卒業後ドイツに留学し衛生学や細菌学を学んでいます。帰国後、陸軍医となり陸軍医総監まで勤めています。日清戦争、日露戦争に従軍しています。脚気については細菌病因説をとり白米を養護したため陸軍で大量の死者を出したと、後年になって非難されています。一方、世界的に見てかなり早い段階でワクチンの集団接種を行い、疫病による兵員の大量死を防いだといわれています。

なお、東大医学部は森鴎外のほかにも、阿部公房など多くの文学者も輩出しいています。

北里柴三郎:熊本県小国町出身の医師です。東大医学部を卒業しドイツに留学、ロベルト・コッホに師事します。細菌学をおさめ、破傷風菌、ペスト菌の発見や血清療法の発見でノーベル賞候補にもなっています。東大と対立し、北里研究所を創立しています。北里大学の前身です。また、福沢諭吉との交流が厚く、慶応大学医学部の創立に尽力し初代学部長となっています。

吉岡彌生:静岡県出身で日本医科大学を卒業後、日本で27番目の女医となっています。その後、日本医科大学が女性の入学をやめたため、一念発起して東京女子医大を創立しています。東京女子医大は女性医師の育成に大きな貢献がありますが、付属施設には男性医師も多くいます。僕もお世話になりました。

田原淳:大分県出身の医師で、東大医学部卒業後、ドイツに留学しています。心臓の刺激伝導系の研究を行い、「田原の結節」を発見しています。今は房室結節と呼ばれていますが、海外でも「Tawara’s node」で通じます。日本の不整脈研究の伝説です。帰国後は九大教授を経て、別府温泉病院でも勤務をしています。

 

上野循環器科・内科医院  上野一弘

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