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月報「聴診器」9月号発行しました!

月報 「聴診器」 2025/09/01

8月の豪雨は大丈夫だったでしょうか。被害に遭われた方には、心からお見舞い申し上げます。当院の前の道路も冠水しましたが、建物への被害は免れることができました。今後はさらに自然災害が多くなるだろうといわれています。災害への備えを一段階引き上げる必要があるのでしょう。

 

  • 書評 ④『死の貝―日本住血吸虫との闘い』小林輝照幸著

小林輝照幸著『死の貝 日本住血吸虫との闘い』は、かつて山梨県、広島県、福岡県で猛威を振るった「地方病」との長い闘いを描いた記録です。寄生虫による風土病がいかに人々の生活を脅かし、いかに克服されていったかを整理した数少ない労作です。

築後川流域では腹水や肝硬変、発達障害や脳症をもたらす「風土病」のため、住民は非業の死を遂げ、農村は疲弊していました。原因は不明で、医師たちはなすすべもなく戸惑うばかりでした。その後、日本住血吸虫が病原体であること、淡水に生息するミヤイリガイが中間宿主であることが突き止められます。日本住血吸虫の宿主はウマや犬などですが、その尿や糞便中に多量の虫卵が排せつされます。その後、ミヤイリ貝に寄生しセルカリアという一種の幼虫になり水中に排泄されます。セルカリアは水の中を遊泳し、皮膚から人の体内に侵入します。この時点で皮膚炎や一過性の発熱が出ることがあります。恐ろしいのは、それからです。虫体は栄養豊富かな肝臓の血管(門脈)に寄生しそこで雌雄が抱き合ったまま無数の卵を排出します。肝臓は肝硬変のようになり、腹水や食道静脈瘤、栄養失調をもたらします。さらに虫卵が脳血管に運ばれ、神経症状を呈する場合もあります。住血吸虫自体の生態も、引き起こされる病態も禍禍しいものです。僕は、学生時代に寄生虫学の講義で学びましたが、患者が実際にどのように苦しんでいたのかについては、本書を読んで初めて実感を伴って理解できました。

本書に登場する医師たちの姿には感銘を受けました。明治期の開業医は、地方に広がる難病を世に知らせるため調査を行い、行政に働きかけ、解剖にも取り組みました。書簡を送り、仲間を集め、地域に根ざして活動しました。その誠実な姿勢は、現代の医療者にとっても学ぶ点が多いと感じます。

やがて研究者や行政、住民が協力し、農地改良や水路の整備、ミヤイリガイの駆除が進められました。そして1996年には厚生省から日本住血吸虫症の撲滅が公式に宣言されました。この成功は、近代日本の感染症対策における大きな成果の一つといえます。

日本住血吸虫は日本だけにいるわけではなく、東アジアに広く分布しています。また他の住血吸虫は世界中に分布しています。日本の住血吸虫対策の経験は海外に輸出され効果を上げており、世界の健康に大きく寄与しています。

感染症は、つい最近まで人々にとって最大の脅威でした。しかし衛生環境の改善とともに、その恐怖は急速に忘れられています。本書は、感染症が地域社会に及ぼす影響と、公衆衛生の取り組みの重要性を改めて思い起こさせてくれます。

著者の小林氏は、本書に先立ち『死の虫―ツツガムシ病との闘い』を著しています。リケッチア症というもう一つの「忘れられた感染症」を取り上げたこの著作と併せて読むことで、著者が一貫して「地域の人々を苦しめてきた病と人間社会との関わり」をテーマとしてきたことがよくわかります。派手さはありませんが、いずれも医学と地域史を結ぶ優れた記録文学といえます。

『死の貝』は、特に山梨・広島・福岡にゆかりのある方々や、感染症の歴史に関心を持つ医学生や医師に、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

上野循環器科・内科医院  上野一弘

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