月報 「聴診器」 2026/01/01
明けましておめでとうございます。年々、冬が暖かくなりお正月の特別感が薄くなっているように感じます。年齢のせいかもしれませんね。
34書評 ⓼ 「明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語」(田中ひかる著)
今回取り上げるのは、「明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語」です。主人公の高橋瑞は、日本における三番目の公認女性医師です。極貧の中で医学を志し、女性が医師になること自体が想定されていなかった明治社会において、数々の困難を乗り越え臨床医として成功した人物です。明治の女医といえば、シーボルトの娘である楠本イネや、日本初の公認女医・荻野吟子がよく知られています。しかし、実際に開業し、患者を集め、医師として社会的に自立したという意味では、高橋瑞が最初の成功例と言ってよいでしょう。
高橋が直面した困難の多くは、貧困以上に、明治社会や医学界に色濃く残る男尊女卑の壁でした。女性であるというだけで学ぶ資格を疑われ、排除され、揚げ足を取られる。彼女は持ち前のバイタリティーと行動力でその壁を打ち破っていきますが、同じ男性医師の一人として読むと、当時の男性たちの意地悪さや偏狭ぶりに、居心地の悪さを覚えずにはいられませんでした。
一方で本書が優れているのは、そうした差別構造だけを描くにとどまらず、手を差し伸べた先達の存在にも目を向けている点です。済生学舎を率いた長谷川泰のように、性別ではなく能力を見ようとした人物が確かに存在しました。また、高橋のドイツ留学をめぐっては、北里柴三郎を含む当時の医学界ネットワークの影響もうかがえます。高橋瑞は決して孤立無援ではなく、例外的とはいえ、時代の中に「まともな目」を持った人々がいたことも、本書は静かに伝えています。
前回までの月報で触れてきた明治の医師たちも本書に顔を出します。佐藤尚中の順天堂、高木兼寛の慈恵医大、そして高橋瑞が在籍した済生学舎(のちの日本医科大学)。東京に私立医学校が次々と生まれ、「日本に医学を根づかせよう」とした時代の熱気が、本書からはひしひしと伝わってきます。この点も本書の大きな魅力の一つでしょう。僕は一時期東京女子医科大学で研鑽を積んだ時期がありましたが、東京女子医大の創立者である吉岡弥生先生が本書にさりげなく登場する場面には、思わず親近感を覚えました。
そして、何といっても本書最大の魅力は、高橋瑞という人物の豪傑ぶりでしょう。試験を受けるため内務省に直談判しに行く、3日間寝ず済生学舎に入学を請う。医師になった後は、生活困窮者の支援にも力を注いでいます。60歳で現役を引退し、没後は本人の希望で骨格標本になったそうです。標本は女子医大にあるそうですが、残念ながら僕は拝見していません。
本書は、女性医師の先駆者を称える伝記であると同時に、医学が制度として形を得ていく過程で、誰が排除され、誰が支え、誰が踏みとどまったのかを描いた一冊でもあります。
上野循環器科・内科医院 上野一弘



