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聴診器

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月報 「聴診器」 2011/05

月報 「聴診器」 2011/05/01

先月は一時不在のため皆様にご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。東日本大震災の医療支援のため4月16日から19日まで福島県いわき市に行ってまいりました。3月11日の震災発生時からさまざまな医療チームが現地で活動をしています。僕が参加したのは日本医師会が呼びかけたJ-MAT(Japan Medical Association Team)です。日本医師会は災害発生直後からJMATを立ち上げ、被災地の医療援助のために全国の医師の参加を募りました。僕もすぐに志願を表明しました。日程や派遣地などは医師会が調節しました。

いわき市へは「福岡県第9班」として医師3名、看護師2名、事務職員1名でチームを組んで派遣されました。皆別々の医療機関の人間で、4月16日が初対面でしたが、志を同じくする者同士なのですぐに打ち解けることができました。羽田空港からは常磐自動車道を通って陸路でいわき市へ向かいます。道路はかなり凸凹し、家屋の塀もところどころ崩れていました。いわき医師会には福岡チームのほかに富山、愛知、山梨の医療チーム、それから茨城の薬剤師チームが集まっていました。各医療チームは6-8か所の避難所を回診するのが任務の内容でした。いわき市内の医療機関はなんとか復旧しており、重症患者さんや通院できる人は地元の医療機関が診療を行っていました。避難所の回診では、ストレス障害や血圧の変調、栄養の偏りなどをすくい上げることを第一目標としました。我々には、江名小学校、江名中学校、内郷コミュニティーセンター、御厩小学校、平工業高校、磐城高校、好間公民館、アリオスなどの避難所が割り振られました。避難所では、津波により帰る家をなくした人、原発の事故のため指定地域から避難してきた人、余震が心配で避難してきている人が混在していました。避難所を転々とし、「ここが三か所目」という方もいらっしゃいました。家族を亡くした方、仕事場を失った方も多くおられました。被災者の方々は比較的落ち着いていましたが、我慢することになれてしまっている印象でした。

実際にお話を伺うと、不眠や血圧の変調、体の痛みなどの訴えが多く聞かれました。長引く集団生活や硬い床での寝起き、運動不足が応えているようです。食事に関しては、避難所間に差が見られました。ある避難所では、パンとインスタントラーメンが主でビタミンや蛋白が少ない傾向でした。一方、積極的に自炊をしたり、バーベキューをしたりなどで栄養が偏らないように気を配っている避難所もありました。プライベートに配慮した避難所もありました。段ボールや、ナイロン製の仕切りで家族単位の空間を作っていました。「よい運営をしているな」と感じた避難所は看護師さんや保健師さんが常駐していました。

時間が開いたときに海沿いの集落や港を見に行きました。市内は地震の影響でところどころ崩れているものの、比較的平穏に保たれていました。しかし、海に向かって進むと、ある地点を境に風景が一変しました。運ばれてきたごみがガードレールにこびりつき、街路樹は潮のため枯れていました。一階部分が津波により破壊されている家が連なります。更に進むと、家屋の残骸だけが山のように積もっていました。車を止めて海岸から見渡すと、海沿いに同じ風景が延々と続いていました。今回の震災では400Kmにわたって沿岸部が被害を受け、同じような景色がずぅーっと続いているそうです。

医師会で線量計を用意してくれていましたが、一度も数値が上昇することはありませんでした。大きめの余震は頻回に起こっていました。

上野循環器科・内科医院  上野一弘

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