月報 「聴診器」 2012/04/01
4月になりました。やっと暖かくなると同時に、環境が変わる時期です。新しい職場、新しい学校、新しい土地。期待と同時に不安定な時期でもあると思います。まずは、新しい環境に肌がなじむまで、ゆっくり待つのがよいと思います。
14 雑談 ⑤がっかり大規模臨床試験
前回は大規模臨床試験の成功例を話しました。ところが、もくろみ通りにいかない試験もたくさんあります。このおかげで、医者の思い込みが是正されたこともたくさんあります。大規模臨床試験の結果が期待に反するもので、でこれまでの医療の常識が否定されると、医師は強い衝撃を受け戸惑います。場合によっては「医学」に対する信頼が揺らぐこともあります。ただし、予想に反した結果が出ることこそ、医学が科学的である証拠と思います。おまじないやインチキ医学では期待に反するデータは出てきません。科学とは反証可能な仮説の積み重ねなのです。
(1) CAST: 1991年に行われ、多くの医師がびっくりした試験です。それまでに、心筋梗塞後で心室性期外収縮という、それ自体では無害の不整脈が多い人には突然死が多いことがわかっていました。この当時いろいろな抗不整脈薬が開発され、強力な抗不整脈薬を使用すれば、心筋梗塞後の突然死は防げると考えられていました。CAST試験では、心筋梗塞後の人を、抗不整脈薬を飲む群と、飲まない群に分けて予後の調査が行われました。「きっと、抗不整脈薬群のほうが長生きするだろう。」と期待していました。ところが、抗不整脈薬群で突然死が多いことが途中で明らかになり試験は中止されました。良かれと思った方法で死者が増えたのです。みんなショックを受けていました。最近の研究では、心筋梗塞後の人の突然死を減らすためにはICDというペースメーカの一種が有効とわかっています。薬ではアミオダロンという特殊な抗不整脈薬や、βブロッカーなどの心不全治療薬が予後を改善するとわかっています。
(2) AFFIRM: 心房細動の予後改善を調べた試験です。心房細動は、動悸を伴い、心不全や脳梗塞をひき起こす不整脈です。発作性心房細動のコントールのために抗不整脈薬をよく使用します。当時は、薬で心房細動が出ないようにすれば、脳梗塞や心不全が減って寿命が延びると専門医の多くは考えていました。一方、不整脈が専門でない医師からは「抗不整脈薬は使用が難しいので、脳梗塞予防薬と心拍数を抑える薬だけでいいのではないか」と言われていました。そこで、抗不整脈の効果を確認するためにAFFIRM試験が企画されました。心房細動の患者さんを、抗不整脈を飲む群と飲まない群に分けて予後調査を行っています。結果は大方の予想を裏切り、両者で予後はほとんど変わりませんでした。むしろ、抗不整脈薬投与群のほうがやや予後が悪い傾向でした。多くの医師は、最初はこの結果を受け入れられませんでした。そこで、あちこちで同じような試験が行われました。日本でも同様の試験が行われました。それらの結果も、同じように「抗不整脈は心房細動の予後を改善しない」との結果でした。これらの試験から明らかになったのは、心房細動の予後改善には大事なのは抗凝固薬であり、抗不整脈薬は自覚症状の改善にしか効果がないということでした。
「がっかり試験」はまだありますので、来月も続きます。
上野循環器科・内科医院 上野一弘