月報 「聴診器」 2014/08/01
今年の夏は雨が多かったですね。8月の前半も湿度が高く、気温の割に熱中症が多かったようにも思えます。夏には気温が高くなり血圧が下がることが多く、夏は降圧薬を減らすようにしています。今年は、予想よりも気温が上がらなかったので、降圧薬の調節に苦労しました。秋は気候が安定してくれるといいですね。
18 生活習慣 ⑧過食
前回までは、アルコールやタバコなどの害を説明してきました。簡単に言うと、毒をわざわざ口にしないほうがいいということです。しかし、体に必要なものもとりすぎると害になります。糖尿病や高コレステロール血症、高血圧、痛風は過食で悪化することが知られています。過食の罪と罰ですね。キリスト教の7つの大罪には「傲慢」や「嫉妬」とならんで「暴食」が挙げられています。昔から過食は人類の悩みだったようですね。
摂取する栄養が多すぎると、どの成分でも害をもたらします。水やビタミンでも同様です。しかし、現代社会で問題となっているのは主に糖分と塩分です。多すぎる糖分は糖尿や高脂血症を招き、動脈硬化を促進させます。特に、食後の高血糖は動脈壁を傷つけ、動脈硬化をより悪化させて、心筋梗塞や脳梗塞を招きます。もちろん、糖尿病があれば合併症で苦しむことになります。糖尿病性網膜症で失明する方は年間3000人ほどいます。糖尿病性腎症は1万人ほどいるそうです。塩分は程度の差こそあれ、血圧を上昇させます。日本人は高血圧による脳出血が多く、塩分摂取の多さが原因といわれています。世界的に見ても、日本人と韓国人の塩分摂取量が多いそうです。
糖分も塩分も本来体にとって必要不可欠な物質です。太古、我々の先祖が文明を持ってないときには食料は貴重品だったはずです。特に塩分とエネルギー源がなければ、生命や種族が維持できなくなります。食糧不足が、今そこにある危機だったのでしょう。長い進化の過程で貴重な塩分と糖分をため込める能力があった個体だけが生き延び、遺伝的形質として獲得したのだろうといわれています。貴重品を大切に使用できる遺伝的形質なので節約遺伝子などと呼ばれたりします。進化の過程は数万年という単位で変化しますが、文明の歴史はせいぜい1万年ほどです。それも、多くの人に栄養が十分いきわたるようになって、数十年しかたっていません。身体と環境にミスマッチが起きているのです。
過食の時代といわれていますが、日本人の摂取カロリーは1975年ピークを迎え、緩やかに減少しています。塩分摂取量も横ばいです。しかし、個別にみるとどうしても過食をやめられない人がいます。健康を害していても、お菓子や炭水化物をやめられず、病気が悪化する人がいます。これは、糖や炭水化物に中毒性があるのではないかとの仮説があります。糖や炭水化物をとることで、脳内麻薬物質が分泌され、それが癖になっているというわけです。この説によると、炭水化物中毒者は身体的精神的ストレスがかかると、糖や炭水化物がほしくてたまらなくなるそうです。この時の食欲は空腹感とは関係ありません。また、エネルギーは十分足りていても、定期的に糖や炭水化物をとっていないと、イライラしたり集中力がなくなったりするそうです。
この仮説はちょっと極端な感じもしますが、確かにご飯やお菓子が異常に好きな方はいるようです。お菓子を買う前に「ひょっとして中毒かも?」と自問してみてください。
上野循環器科・内科医院 上野一弘